「三体」(第一部)劉 慈欣著(2006)大森 望ら訳(2019)


 水素原子は、ボーアモデルにしてもモダンな量子論にしても原子軌道関数に厳密解がある。しかしHe以上に
なると解析的な解がない。分子軌道の場合、最も単純なH2すら近似解しかない。なぜならポアンカレによると
多体問題は解けないから。化学概論第一や無機化学では、そう語っております。「三体」はこれと関連がある。
 歴史や現代物理学の事実は多少使われるけども、SFですからね、話はどんどんぶっ飛んで行きます。表紙は
レーダー施設ですね、これがただものでないわけで(以下自粛)。始皇帝とフォン•ノイマンの会話は笑えます、
計算陣形?OS秦1.0?時代考証ガン無視の悪ノリ。漢字ヨコ文字混ぜ書きの違和感が凄い。ヒューゴー賞獲得
作品とのことですが、漢語がわかる日本人向け訳本の読み方は格別になる。でも喜劇ではなくハードSFです。
 文革と称される焚書坑儒の時代、カーソン「沈黙の春」は発禁本だったのか。一方リーとヤンのパリティ
非保存の研究はやはり誇りに感じられているのか。当時の中国の大学の置かれた状況の描写は興味深いもので、
我が国の安田講堂やら早稲田のバリ封を彷彿とさせる。その後、主人公の葉は大学教授となり、子も物理の道を
進み、そんな人物や時代の設定が私の実人生と割と近く、個人的にツカミはすこぶる良かった。
 全三部五冊、長いのでまず第一部ですが、面白いです。勧めます。
 ところでメタバースは私は未体験だけども、「あ。終わった。。。」というヘマなんかをしたときに、赤い
EXITボタンと「またのログインをお待ちします」というテキスト文字が中空に浮かび上がったら、人生を
やり直せていいのになぁ。この本にそういうエピソードはありますが、もちろん主題ではありません。
一般にSFの賞味期限は長くない。しかし十数年を経てまだ新鮮と感じられるのは、著者の先見性の賜物であろう。




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