「バレエ・メカニック」津原泰水著(2009)


 気になって古い映画「バレエ・メカニック」をYouTubeで観た。一般に紹介されている通りに実験映像作品で
あった。そのイディオムを受け継ぐのだとしたらこれは実験小説かも、と思わせるところがある。特に第1章は
不思議な散文詩的文体で綴られていく。2頁連なることもある状況説明のパラグラフは、あたかも小節区分なく
ダラダラ奏でるビルエバンスかコルトレーンのようだ。二人称<君>が独特で、何かオチでも用意しているのかと
勘ぐりながら読み進めても何もなく、ただ人格が結像するのに何頁もかかる。こんな文体から読者は幻惑感に
包まれるので、大波が調布を襲ったり、新宿がカルスト台地になったり、五日市街道に馬車が通ったり、もう
何が起こってもさほど驚きはしない。この文体が深層であちこちの感覚を狂わす。
 「綺譚集」や「11」を読んで感じるけどもこの作家は技巧派だ。読者を引き込むための作風の選択の段階
からして、作者は相当に作戦高い。術中にはまる。しかし、ともすると「俺ってこんなに抽斗が多いんだぜ」
という自慢にも感じられる。文体はそれほどでもないが、随所にみられる薀蓄はちょっと鼻につくことがある。
【以下ネタバレ注意】
 第2章になると、実験性はかなり薄まる。言い換えると普通のSF小説になる。第3章は有名おとぎ話の
パロディめいてくる。そのおかげで、小説全体のリアリティをここに来て失墜させてしまう。始めの
幻想感があまりに素晴らしかったものだから、最後が尻すぼみだねという印象が残った。「味変」こそが
作者の狙いだというならこれもアリかと納得しよう。




  • ブラウザの「戻る」で戻ってください。