「グロテスク」(上・下)桐野夏生著 (2006) 文春文庫


 数年前ウチから東電OLを輩出したので、縁がある気がする。この小説は東電OL殺人事件から着想を
得たという。事件当時の東電OLの方といえば、雇用機会均等法が施行されて、大企業が総合職で採用した
ほぼ第一号の女性であり、この事件は話題性が高かった。高学歴ニンフォマニアについて興味本位で
書き立てられた。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので、リアルの事件の被告人(外国人)は
冤罪を勝ちとっていて、真相は今でも闇の中である。そのために一層この事件が記憶に残っている。
【以下ネタバレ注意】 本書を一言でまとめれば、コンプレックスに苦悶する女性たちとその歪んだ
所業の話。美少女と醜女。成績優秀な子と劣等生。生え抜きと外様。裕福と貧乏。ハイソとパンピー。
コンプレックスに基づく偏執だから、展開は暗く重く、人格の壊れ方も悲惨、心の闇の深さに畏れ入る。
 コンプレックスは負け組の専売特許じゃない。勝ち組だってコンプレックスを持つ。おのれの市場(?)
価値に疑問を呈す。美少女や優等生が幸せになったところでちっとも面白くない。読者は彼女らの
不幸を願っており、目指す結末は作者と読者の予定調和だ。東電OLという社会情勢の変化の象徴の
意味はとっくに霧散して、話のきっかけでしかない。小説がグロテスクに向かったり、(桐野の他の
作品にあるように)サイケやスプラッタに進む。そういう破滅志向の方に「グロテスク」をお勧めします。

 幸福:他人の不幸を見ることによって生じる快感(「悪魔の辞典」アンブローズ・ビアス著)。



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