「物理学の誕生」山本義隆著 (ちくま学芸文庫 2024)
小生が大学1年のとき、駿台予備校生だった友人のツテで山本義隆氏の講義をモグリ聴講したことがある。講義の内容は
忘れたけど、彼は長髪で「年に数回しか髪を切らない」と言っていた。小生はそれにあやかって今でもそれを真似ている。
だが真似だけに終わってしまった。後に聞くところによると、予備校生向けに特殊相対性理論も講義していたとかで、聴いて
おきたかったね。小生が大学院博士課程のとき、山本氏から「当時の学生運動のビラを整理する」という募集があり、後輩が
お手伝いした。それは東大闘争資料集全23巻(自腹)に結実したと思われる。正しく歴史を記録することの情熱が窺われる。
彼は在野の科学史研究者として衆目の尊敬するところとなっている。本書は解説記事や講義記録の自選集であるために彼の
主張がわかりやすい。16-17世紀に幾人もの物理学上のスーパースターが登場するのは15世紀を雌伏の期間と見れば必然なのだ。
ラテン語と俗語が戦う社会背景のくだり、科学的成果は公共のものだと考えている身にとって面白く読ませて頂いた。文献を
紐解く証拠主義は緻密で、例えば重力の実験(鉄と木の球の落下)はガリレオが生まれるより前に Simon Stevin が行った
という。存じ上げぬ方だが、真の先駆者をあぶり出す。化学概論の講義を持っていると、世界物理年2005や国際周期表年
2019を学生達と共にリアルタイムで過ごし、物理学史や化学史に触れる機会はあった。小生もパイオニアを正しく鑑定する
ことに努めています(授業資料参照):Mendeleevの周期表の発表より7年も前に de Chancourtois が Esquisse de la Vis
Tellurique 「地の螺旋」(1862)で螺旋周期表を提案していた。オクターブ説(Newlands,1864)や原子容の周期律
(Meyer,1864)も見逃せないが、螺旋周期表は、先見性と完成度において Mendeleev の業績以上に再評価すべきなのだ。
ところで、本書では彼の本業ゆえの教育論もチラ見できる。「何のために勉強するのか。(専門にかかわらず)ものごとを
自分の頭で考え、自分の言葉で自分の意見を表明できるようになるため」。やはり彼は教育者としてもタダ者ではない。
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