「羆嵐」吉村 昭著 (新潮文庫 1982)


 クマ出没注意!全国規模でシンクロしているので、クマ同士が隠密に連絡を取り合っているのでしょうか。
学生の頃、大雪山系を山歩きしていたとき、すれ違ったハイカーから「クマが池の向こうで泳いでましたよ」
などと挨拶されたことがある。本州・四国のツキノワグマと北海道のヒグマは別種であり、ヒグマの怖さは格別。
ヒグマはグリズリーと近縁で、ツキノワグマに比して体重約3倍、500kgを越す個体もあり、時速48kmで走る
(だから走って逃げるのは無理)。関取3人分の巨体が車の速さで襲ってきたら、、、ひとたまりもない。
 羆嵐(くまあらし)は、大正4年に起きた羆(ヒグマ)の7人惨殺事件を小説化したもの。会話は吉村の脚色で
あろうが、現地調査も聴取も緻密で、史実に忠実な彼の作品には定評がある。集落の住人が息を潜めて家を覗く。
暗闇から骨を噛み砕く音だけが漏れてくる。人の味を覚えると何度も襲う。女性の味を知ると女性ばかり喰う。
ヒグマは本能的に攻撃の前に前足を突き上げて立つ。この欠点につけこみ、猟銃の一発目は心臓に、二発目を
脳天に打ち込む。これを9m以内の間合いで遂行する。殺れなければ殺られる。小説で登場する村田銃とは
薩摩藩が使っていた鉛弾銃とのことで、時に不発になるようだ。そんな技術水準も恐怖度を倍加させる。
 「自然の秩序の中に人間が強引に闖入してきた」のだから「人間はそれら鳥獣との同居によって生活」を
営む必要がある。最近悲劇が起きた知床の地はヒグマ保護管理区域である。報道によれば、現在当該山道への
立入禁止は臨時的とのことだが、野鳥保護区と同様永久的な措置が良いように思う。但し既居住者を除く
(ヒグマをコラッと叱る漁師のルポを見たことがある)。「ヒグマ保護管理」はヒグマを保護するのが
理念だそうだ。違うね、保護されるのは人。弱きが強きを保護するなんて思い上がりも甚だしい。




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