「板谷峠の死闘 赤穂浪士異聞」日暮高則著 (コスミック時代文庫、2022)
忠臣蔵は日本人なら誰でも知っている話だと思っていたが、最近の若い人に聞くとそうでもない。討ち入りは
12月のある雪の降る未明とのこと、この季節、忠臣蔵を見聞きすることが多い。
時は元禄、殿中で浅野と吉良が刃傷沙汰を起こしたが、浅野だけが切腹お家断絶を命じられ、赤穂に残された
浪士が臥薪嘗胆、本所吉良邸を襲い仇討ちを果たす。吉良の首を掲げて泉岳寺へ墓前報告に行く道中、江戸町人は
(瓦版でゴシップ大好き!)やんやの喝采、酒を振る舞ったとか。喝采というのは後世の浄瑠璃や歌舞伎による
作り話。もし吉良は実は討たれていなかったと言ったら、さらにその上をいく都市伝説となりましょう。
赤穂藩家老大野九郎兵衛は史実として脱盟者で、(浄瑠璃の脚色により)卑怯者の汚名を着せられている。
たまたま「身代わり忠臣蔵」(2024)(原作「身代わり忠臣蔵」土橋章宏著(幻冬社、2018))をネフリで見た。
彼は幸いにもお家復興を目指す現実主義者として登場していた。名誉回復の兆しあり。【以下ネタバレ注意】
目的もタイミングも異なるが、「坂谷峠の死闘」でも吉良は身代わりを立てて、生き延びる。米沢へ逃げ込む
ところを、大野のバックアップ隊が奥羽板谷でギリ討ち取る。大野は影の立役者であるばかりか本所襲撃隊の
殊勲にも配慮し、後始末も完璧。この上ない忠臣で、大石内蔵助が霞んで見える。大野のような部下を持ちたい。
後書きも読もう。米沢の田舎伝説のルポがあって、読後に余情を醸す。東北に伝説が散在する義経と違って、
大野はどちらかと言えば不人気者。わざわざ伝承するのだから、別働隊を率いて板谷峠で待ち伏せたくらいは
案外事実かもしれない。
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