「百人一首の秘密」林 直道著(1981)
百人一首を日本のダビンチコードと呼びたい。
藤原定家の編纂したこの歌集はかるた遊びに使われるが、本来、色紙にして襖や屏風に
張ったものだ。しかし「お手つき札」の存在は、将来のかるた遊びを見越したかのようである。
「わたの原」「朝ぼらけ」「難波」といった重複ははたして偶然であろうか。この秘密が
歌詠み技法の歌合せや本歌取りにあることを、古文の授業で習ったことはある。林によると、
重複語句の統計は一首あたり平均8.4語だそうだ。31文字にこの濃密さは尋常ではない。これ
までにも、連歌のように共通語を鍵にして一列に並べるという解析はあった。林は、共通語句を
上下左右に配置しながら10x10の歌織物を提案し、その配列を再現して見せる。
百人一首には「これやこの」のようにつまらん(これは私の個人的意見)歌もある。この
歌集が歴代歌人の代表作を集めたものであるならば、妙な歌が混じっているのは奇異な
印象を与える。歌を自作するなら歌織物を作れる人もいただろう。他人の作を抄録する
というシビアな制限により、こんなご当地ソングを選ばざるを得なかったわけだ。林説に
よれば、この歌織物は当時の観光地であった水無瀬(みなせ)の地図でもある。
天皇への哀惜(定家を重用した後鳥羽院は承久の乱で敗北)が、鎌倉幕府へ気付かれぬよう
密かに盛り込まれていることは既に指摘されていた。林はその後鳥羽院歌(左下角)の
隠蔽方法も提案する。さらに、恋人(式子内親王)への届かぬ想いも織り込まれているという。
林案には幾つかの仮定がある。定家の自撰「来ぬ人を」を右下角に置いた。ちなみに、
左隣は「契りきな」(鍵:待つ・松;来ぬ・越さじ)、上は「立ちわかれ」(鍵:待つ;来ぬ・来む)、
左上は「契りおきし」(鍵:考えてみて下さい)。鍵が複数あるという念の入れようだ。
コンピュータのない時代、歌集データベースは定家の脳に収まっていたことだろう。
百人一首は、比類なき歌詠みの天才のなした、言葉遊びの金字塔である。
ところで、境界条件を変えれば別解もあるかもしれない。意外なことに(下句)「我が衣手」
の二首は、林案では隣り合っていないのである。どなたか定家の正解へ挑戦してはいかが。
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