「常温核融合スキャンダル」Gary Taubes著/渡辺正訳(1993)


 本書は1989年ユタ大の記者会見に端を発した、あの事件の顛末記である。パラジウム電極に
よる重水の電解から中性子が発生し、常温における核融合の方法を手に入れたのだという。
 このスキャンダルを4年目にして総括した、この著者の立場は明確である。
 当時のユタ大は経済事情が悪くて外部資金獲得に焦っていたという背景がある。研究費申請書の
審査員が課題の横取りをするという peer review 制度への背信行為も暴露される。すなわち、
ブリガムヤング大が「自分も発見した」と言い出す。ユタ大はさらに焦って証拠は何もないのに
記者会見を行ってしまう。名声の取り合いが激化する。 研究費申請額は雪だるまとなる。
ポンズもフライシュマンも、発言を撤回できなくなる。複数の発信源があるように見えて
マスコミはそれを信じ切る。(しかしどこからもまだ証拠は出せない。20年経っても!)
 そして、多くの読者は、シェーンのデータ捏造事件の記憶と重ねて、現代においても科学上の
欺瞞がまだまかり通ることを実感し、同業者であれば、これらの事件から何かを学ぶ。
 驚くべきことに、今期「常温核融合」が再燃して理研を揺るがしているという。関係者に
この本を勧めておいた。理研は113番元素の核合成で名乗りを上げたい、しかし思うように
仕事がはかどらないという辛い事情を抱えている。焦っているとはいえ、どこか民間企業から
もたらされた クズ科学(MIT報告1999の表現)に「M資金」のように飛びついてしまうほど、
彼らは ウブではないと信じたい。



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