本学科にヒラノ教授はいないが、平野准教授ならいらっしゃる
水柿助教授はいないが、水柿教授ならいらっしゃる


「工学部ヒラノ教授」今野 浩著(2011)

大学教授定年退職を機に、立つ鳥跡を濁しまくり、との感もある著者であるが、よくぞ言って
くださいましたという称賛と、それはちょっとひねくれてないかという呆れとが相半ばする。本音を
語るエッセイである。「大綱化」「重点化」「法人化」に大学はいかに翻弄されてきたことか。文科省は
自らの非を認めることは決してない機関であるし、報告書はお手盛りおべっちゃらばかり。いずれ
これらの功罪を総括するときには、本書はボトムアップ意見の一つに位置付けられよう。
 大学教員にとって役に立つ箇所がある。例えば、もう結果が出ている研究を、あたかもこれから
研究する計画であるかのように書くのが予算申請書なのだ、という。現役の人がこんなこと言って
おカミに知られたら、予算が来なくなっちゃうよ。
 大学生にとって役に立つ記述もある。「工学部の教え7ヶ条」の章である。私は理学部の出身なので、
今更ながらカルチャーの違いを勉強させてもらった。頼まれた仕事は断るな、だそうだ。いささか
危険な条項にも聞こえるが、論拠はよく理解できる。学生の皆さん、全7条、ぜひ目を通しておこう。


「工学部水柿助教授の日常」森 博嗣著(2000)

主人公水柿助教授に、「学会の大会はお祭りであって真剣な研究報告はない」などと喋らせておる。
耳が痛い。かつてN大助教授であった人気作家森の私小説である。彼も結局、立ってしまった鳥なのだ。
作家誕生秘話が明らかにされるところは興味深いが、この本、くだけた書き方が鼻につくので、どちらか
というと犀川-萌絵シリーズの方を勧めたい。私の身上からして、犀川に感情移入しちゃうのだ。一方、
水柿にはそうならないのは、リアル著者の影が濃すぎるためであろう。水柿の名前は解字だと思われる。
 売れる本の条件を分析すれば、(1)普通の人の知らない世界を覗き見させる(例えば大学とか
ハイソサエティとか科学とか)、(2)ミステリーの要素を入れる、(3)ロマンスの要素を入れる、
(4)特異な能力を持つヒロイン(ヒーロー)が登場する、(5)それは美人(ハンサム)であるとなおよい、
などであろうか。そういう目で見たら森作品は売れないわけがない。論理トリック同様、裏事情も
しっかり計算されているのである。




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