「清朝十四王女 川島芳子の生涯」林えり子著(2007,ウェッジ文庫)
今年7月、サンクトペテルブルク@ロシアへ出張し、ついでにエルミタージュ美術館に寄って
きた。美術品の数々は、まさに筆舌に尽せぬとはこのことかという豪華絢爛ぶりだった。建物は
旧宮殿であり、それ自体が美術といえる。シャンデリアと赤絨毯の広間が入り口、入場者は既に
皇帝気分なのである。帝政ロシア最後の栄華を偲ぶには余りあるものであった。ロマノフ朝は、
ニコライ二世一家惨殺という形で終焉したのであるが(1918)、現在彼らは復権して列聖され、ペトロ
パヴロフスキー大聖堂(ここも礼拝してきた)で手厚く一家が祀られている。ところで、「私が
生き残りの王女アナスタシアよ」というのが幾人も現れたりして、その最後は謎に包まれている。
清朝ラストエンペラーの王女川島芳子(愛新覺羅ケンシ)が実は生きている(た)というのも、
まことしやかに語られる都市伝説である。彼女は大陸浪人の川島の養女となり、傀儡政権満州国の
建国に協力して、中国本土で諜報活動を行ったのは史実であると理解されている。あるときは
美しい女スパイ、 あるときは男装の麗人であるから、恰好の歴史ミステリーネタとなる。
この本、野次馬根性で手にとってみたが、読み進むにつれて浮き彫りにされる1人の女性の
生き様に対して、そんな失礼な気分は消し飛んでしまった。歴史に翻弄された人生は大変重く深い。
刑死の検分から開始する本書の立場は、川島芳子が銃殺刑に処せられた(1948)ことを史実と
断ずる。「終章 ふたりのヨシコ〜山口淑子の追憶」がなんといっても興味深い。生死を分けた
ものはたった一枚の紙切れなのである。
歴史は勝者によって作られる。山口淑子(李 香蘭)はつい先頃(9月7日)まで御健在だった
というのに、僅か66 年を遡ることがもはや難しい。
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