「ネアンデルタール人は我々と交配した」スヴァンテ・ペーボ著 (2015、文藝春秋)


(背景)北京原人がモンゴロイドの祖先であり、ネアンデルタール人が欧州人種の祖先であり……という説明は
さすがに最近見かけない。世界中の現代人のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析の結果、共通祖先「イヴ」が
約12〜20万年前にいたと考えられるようになった(ミトコンドリア・イヴ説)。その後、化石人類のmtDNA解析も
可能となり、5〜6万年前に出アフリカした種族がアフリカ外の人類全体の共通の祖先となったと推定される。
北京原人もジャワ原人も滅んだ(アフリカ単一起源説)。これはイヴ説と矛盾しない。道具を持ち、火を使い、
宗教観を持ち、脳容積が現生人類より大きかったネアンデルタール人は、3万年前に絶滅した。3万年前といったら
進化年代に比べたらつい昨日のことだ。縄文時代は1万5千年前からである。ところで、2010年に驚くべき報告が
あり、シベリアのデニソワ洞窟で採掘された人骨の調査から、4万年前には異なる進化を遂げた「デニソワ人」が
いたことが明らかになった。当時、少なくとも3種のヒトが共存した(あるいは、覇権を争った)。

(本論)ペーボによるこの本だが、7割が自伝、1割意見、2割科学という割合だ。学位取得前の学生がNature
論文を掲載してから、トップ科学者に上りつめるまでの自伝として読むなら、将来ある学生を啓発するための本と
して大変にお薦めである。人脈の作り方が素晴らしい。映画ジュラシックパークで描かれたような、琥珀に封じ
込められた昆虫の、あるいは恐竜のDNA解析が(当時の技術で)できたというのは似非研究だ、とバッサリ。
同時に、論文の裏にある努力と工夫、つまりDNAシークエンシングの技術革新およびコンタミ除去にかける
鬼気迫る執念が明らかにされる。その結果、科学面の記述の説得力は大変に高いものとなっている。著者は
慎重に化石人類の核DNA解析を進め、現生人類はネアンデルタール人やデニソワ人と交配したことを証明している。
デニソワ人を初めに報じたのは彼であるが、デニソワ人の血を濃く引き継いでいるのがパプア人であることも明らか
にした。すなわち、ネアンデルタール人やデニソワ人の絶滅説やアフリカ単一起源説は修正が必要である。

(後日談)別研究者による2016年の論文に要注目。open accessなので、野次馬な君も読むことができる。
M. Dannemann et al., Am. J. Hum. Genet. 2016, 98, 22.(平易な解説:サイエンスニュース2016/02/22)
論文の図5は、ネアンデルタール人由来のTLR1-TLR6-TLR10遺伝子を最も多く持つのが、何と!我々日本人である
ことを示す。ネアンデル谷にいた絶滅人種の遺伝子を、我々が脈々と受け継いでいることを誇りに持とう。


化学者の祖先はヒトである。拙作図案より。



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