「寺島町奇譚」滝田ゆう著 (1976、青林堂;2018、復刊ドットコム)
「寺島町奇譚 ぬけられます」滝田ゆう著 (1971、青林堂)
墨田区業平で幼少を過ごした私は、親の世代から「押上の北の方は土地柄がよくない」と聞いたことがある。
それには幾つかの理由があるようで、城下の旧本所区が、下総の旧向島区(押上より北)を田舎扱いしたのかも
知れない。しかし、玉の井に(戦後は鳩の街に)赤線地帯があったということも、大きな理由の一つだろう。
この作品は、向島寺島町の玉の井で少年期を過ごした滝田の実体験に基づく私小説ならぬ「私漫画」である。
登場するのは素朴で無邪気なキヨシ君。絵は癒し系とかレトロという分類かと思うが、背景にも決して手を
抜かぬ、いやむしろ緻密すぎる一方で、人物は典型的な漫画である。滝田は文学志向が強く、当時としては
珍しく大人が読者であった。出版元は雑誌「ガロ」の青林堂で、このたび再発の運びとなった。
この頃の浅草の繁栄ぶりを思えば、玉の井/浅草の関係は歌舞伎町/新宿の関係と連想することもできるが
ずっと小規模だ。「ぬけられます」と書かれても、赤線かそうでないかに拘らず、もともと複雑な路地のために
素人にはこの迷宮を通り抜けられない。「近道」と書かれることもあるがもちろん遠い。性は子供の目にどう
映るのか?そんな心配はどこ吹く風、銘酒屋の角でベエゴマやメンコに興じる子供達がいる。たくましい。
そしてこの愛すべき路地は戦災で失われてしまう。終章で、焼け出されるキヨシ君一家にあなたもきっと涙する。
(終章「蛍の光」は表記の2冊にはなく、ちくま文庫『全』または講談社漫画文庫3分冊『下』に収録)
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