石田 研究室の研究内容のちょっと詳しい説明です
「えーっ、有機物が磁石になるのー?」
有機化合物は本来、電気的に絶縁体、磁気的に反磁性、というのが「常識」です。しかし、適切な分子/結晶設計によっては、有機化合物にそのような性能を付与することが可能なのです。常識に対する挑戦を続けつつ、自然界の真理のベールを剥がしていけたら、と考えています。
下に挙げたものは、当研究室で開発された、炭素、水素、窒素、酸素、といった非金属元素のみからなる「有機磁石」の一例です。有機ラジカル磁石としては、世界で3番目の例です。磁性の根源である電子スピンは、室温空気下でも安定に取り出すことのできる有機ラジカルに依っています。グラフは、強磁性体(磁石)特有に現われる磁化過程の履歴現象、いわゆるヒステリシス曲線です。
「キラル分子性磁石って何?」
結晶構造、および磁気構造がキラルな磁石は磁気不斉二色性など、従来にない興味深い物性を示すことが期待されます。
下に挙げた図は、当研究室で見い出された「キラル分子性磁石」である、(ピリミジン)2CoBr2の結晶構造と磁化曲線を示します。ピリミジンとCoBr2が1次元らせん鎖を形成し、キラルな結晶構造です。磁化曲線は弱強磁性体特有の挙動を示します。
「超分子的に分子磁石をチューニング?」
ピリミジンの4位に安定ラジカルである、ニトロニルニトロキシドを結合させた4PMNN は電子スピンを有する有機配位子です。4PMNN はCuX2 (但しX = Cl, Br)と錯体を形成し、正6角形の6量体を形成します。これが重なりあい、直径11Å程度の1次元の空洞をもった構造を示します。空洞方向のCu(II)とNNスピンは同一方向をむくような、強磁性的相互作用が働きます。この空洞にハロゲン化アルカリや水を導入すると、強磁性的相互作用が強まり、特に水の場合に効果が著しい。水を除くともとの状態に戻ります。この系は、分子包接による磁性の制御に成功した、たいへん珍しい例です。
新聞報道
「基底28重項(超高スピン)分子と単分子磁石」
近年、「単分子磁石」(Single-Molecule Magnet)という分野が各方面から注目を集めています。これは、文字どおり、1つの分子が磁石の性質を示す物質です。ナノテク領域の超高密度メモリーデバイスに応用できるとして期待されています。単分子磁石(SMM)合成のポイントは:
1 大きな磁気モーメントをもつ分子であること
2 磁気異方性が大きいこと
3 分子間磁気的相互作用が極めて小さいこと(これは必要条件ではありません)
我々はまず下に示すGd4Cu1錯体を合成しました。この錯体において、4個のGdスピンは平行(S = 4 x 7/2 = 14)、GdスピンとCuスピン(S = 1/2)は反平行であることがわかりました。従ってこの分子のトータルスピンは14 - 1/2 = 27/2 (28重項分子!)と超高スピンになります。
結晶同型の Dy4Cu, Tb4Cu 錯体は、分子間で磁気的相互作用がほとんどありません。それにも拘わらず、0.5 Kで磁化曲線を測定すると、下図のようなヒステリシスを示します。このことは、SMMであることを示しています。
「保磁力の世界記録保持者!」
磁石の性能を決めるものは、磁気ヒステリシスループにあらわれる四角形の大きさです。縦軸切片は自発磁化とよばれます。横軸切片は保磁力と呼ばれます(物理量として磁場ですが慣例で力と名付けられています)。CoBPNN と名付けた化合物は、保磁力が52kOe (キロエルステッド)という、世界最大の大きさを持ちます。ちなみに、Nd2Fe14B(ネオジム磁石)では19kOe、SmCo5(サマリウム磁石)では44kOeです(測定温度は違います)。強調したいのは、本物質は合金のような無機材料でなくて、有機ラジカル金属ハイブリッド物質である点です。分子性材料の将来性をうかがい知ることができます。
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